バスルーム (超短編)
彼女を泣かせてしまった。
風呂場にこもって三時間。彼女はバスタブの中で服を着たまま小さく座り、子供みたいに声をあげて泣いている。からっぽだったバスタブに半分ぐらい涙がたまっても、涙は涸れそうもなかった。
僕は冷たい洗い場に立って、謝罪と反省と約束のことばを順番にくり返している。彼女のわざとらしい泣き声と、僕の上っ面だけのことばは、壁にわんわん反響して、もう原形をとどめていなかった。前の彼女と飲みに行ったぐらいでなんで泣くんだよ面倒くせえな。という僕の本心なんかバレバレで、でも彼女だって頭の中では自分の可哀想ぶりを友達に話すシミュレーションをくり返していることぐらい、僕だってすっかり見えている。
この状況にいい加減うんざりしてきた頃。何かおかしいと気づいた時にはすでに、僕の体は風船みたいに急速にしぼみはじめていた。バスタブの側面が途方もない壁になってしまう前に僕はへりの上に立った。けれどつるつるすべって溜まった涙の中に落ちてしまい、嵐のようにうねる水におぼれそうになって、必死に彼女のひざにしがみついた。
指人形サイズの僕が死にもの狂いでしがみついているのを見て、さっきまで泣いていた彼女は肩をふるわせて笑い、その振動で波が立って僕がさらに溺れそうになるのがおかしくて、いつまでもいつまでも笑っている。
| 固定リンク
「超短編」カテゴリの記事
- 祈り(超短編)(2009.10.26)
- パール (超短編)(2007.12.30)
- 宝探し団 (超短編)(2008.02.13)
- 純愛 (超短編)(2007.12.16)
- 手紙 (超短編)(2007.06.07)


コメント