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2007年6月 7日 (木)

手紙 (超短編)

 春のやわらかな空に、気球が浮かんでいた。

 草原を渡ってきた風が町中の洗濯物を揺らす穏やかな午後。晴れた空から何かが降ってくるのを、人々は立ち止まり、または窓から顔を出して見守っていた。次々と舞い落ちてくるもの。それは気球からばらまかれた手紙だった。

 風に流され、最終的に自分の目の前に落ちてきた手紙を拾い上げる。砂ぼこりをていねいに払ってからあて先に書かれた知らない名前を眺め、封を切った。その場で開封せずに家に持ち帰る者もいたが、彼らも落ち着いてからペーパーナイフで慎重に切り開いた。手紙の内容はさまざまだった。

 夏の休暇に孫を連れて帰るという知らせ。船が難破し行方不明になっていた夫の死亡通知。何をしてもうまくいかない男が友人に宛てて書いた二十通目の遺書。

 仕立屋の娘が手にしたものは、サーカス団の裏方で働いている少年が、海辺の町に残してきた恋人に宛てた長い長い手紙だった。相変わらず毎日怒鳴られてばかりだけれど、最近玉乗りの練習をさせてもらえるようになったこと。サーカスの花形である空中ブランコ乗りと、道化師の仲がものすごく悪いこと。そして、キミに会いたくて仕方がないと、何回も熱く繰りかえされていた。

 少女は三回読み直して、ていねいに便箋を折りたたみ、服の内ポケットに入れた。恋愛の経験がまだない少女は、手紙の中のあまい言葉を反芻し、胸の高鳴りを味わう。

 突風で郵便物が詰まった袋をひとつ落としてしまった気球は、回収することもできずに春の空を流れていく。

 草原に囲まれた、穏やかで退屈なこの町から一生出て行くことのない彼らは、数年に一度このようなやり方で、遠い世界の断片を手に入れるのだ。

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コメント

うわぁ。すっごいよかったです。
気持ちいい切なさが大好きです。

ありがとうございます♪
3ヶ月かかったけど、完成してよかった(笑)
(ほったらかしにしている期間が長すぎなだけです)

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