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2009年10月26日 (月)

祈り(超短編)

 冷たい水に足を浸し、少女は手紙を湖面に浮べる。

 白い紙切れは湖の真ん中へと滑るように流されていった。水が滲み手紙は沈んでいく。少女が綴った言葉は便箋から一言ずつ剥がれ、湖の底に降り積もる。

 少女が立ち去った後、湖の中央から水琴窟の音色のような硬質な音が鳴った。同時に仄かに光を帯びた波紋が広がっていく。

 またひとつ音が鳴り、波紋が生まれた。

 遠い遠い昔から、たくさん人がこの湖に手紙を流してきた。届かない、届けることの出来ない言葉は、湖の底で幾層にも重なって沈んでいる。

 長い年月眠っていた言葉は、ふいに浮かび上がる時が来る。泡のように水面で弾け、その時あの美しい音が鳴るのだ。

 ひとつ、ふたつと弾けたものが呼び水となって、いくつもの言葉がまるで空に降る雨のように浮き上がった。高さの違う音が次々と生まれ音楽になる。光の同心円は複雑に重なって、湖全体が白く発光したようになった。

 驟雨のようなその音色は森を越え少女の村にも届く。

 伝わることのなかったいつかの思いを乗せて、音楽は優しく世界を包み込む。

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