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2017年1月

2017年1月29日 (日)

『白い森』について

小浜島旅行でシュノーケリングをしたんですが、その時はじめて沖縄のサンゴ礁の白化現象を知りました。(ニュースになってたんですよね…)

国内最大のサンゴ礁の大半が白化しており、半分以上は死滅してしまっているとのこと。原因はいろいろあるのだろうけど、わたしが聞いたのは、昨年台風がなかなか来なくて海水が動かず水温が上昇したかららしい。
大阪で、今年は全然台風来ないですねーって世間話のひとつとして口にしていたことが、まさかこんな形で影響していたとは。

インストラクターの人が、昨年(2016年)の5月に来た人と、年末に来た人とでは見える景色が全然違うと言ってたことが衝撃的で。自然ってそんな短期間で変わってしまうのか。

シュノーケリング体験をさせてもらった場所は比較的サンゴが残っている場所だったけれど、それでもところどころ色を失っているように見えて、それは先に話を聞いたからかも知れないけれど、この変化を目の当たりにしてきた人たちはやりきれない気持ちでいっぱいなんだろうな。

ということが、『白い森』で書きたかったことです。

2017年1月28日 (土)

白い森(超短編)

 夜明けの空のように不純物のない冷たい風が森を巡る。絡まる枝から熱帯魚が気まぐれにあらわれ、それは毒ガエルのような鮮やかさで森に色を加えていた。やわらかく輝く珪砂の地面、様々な花をつける下草の中で、数多の命が戯れている。空から突き刺さる光の矢。いくつもの輪が重なり、広がり、広がり、揺れて、この世界のすみずみに行き渡るように。来訪者をからかうようにリスが隠れ、水のように満ちる祝福の歌声に合わせて子鹿が跳ねる。

 終焉のはじまりは足音もなく近づき、可視化したときにはもう手立てがない。透明な炎が森を殺す。勢いは止まらず白い死が雪のように積もっていく。太陽光をふさぐ空からの視線は己が神ではないことを思い知った。熱波がすべてを覆い尽くす。帰る場所を失った瑠璃色の蝶たちがさまよい泳ぐ。傍観者たちはただ嵐の到来を待った。無音のまま死滅していく世界で僅かに残った色に触れるのは、祈りの指先。

2017年1月21日 (土)

旅行

お正月あけてすぐの三連休に、沖縄の小浜島に行ってきました。
憧れの星野リゾートです。いえい。
(今年の3月いっぱいで星野リゾートではなくなるらしいけど)

きれいな景色をたくさん見たので、それをもとにお話を作ろうと準備中。


Photo_2


『星の生まれる島』 の元ネタの景色。
ホテルのビーチです。三角テントの中で寝転がって夜空が見れる。あいにく満天の星空ではなかった・・・。夜遅くじゃないと天の川は見えないのか? 星座が分かるアプリで遊んでたら、南十字星が砂浜に埋まってました。
肌寒いのでブランケットを貸してもらえるし、あつあつの黒糖ミルクティーももらえます。
話の半分は事実を書いてるだけ(笑)

2017年1月20日 (金)

星の生まれる島(超短編)

 八重山諸島のひとつに星の生まれる島がある。

  白く美しい砂浜に、夜になるとランタンのようにあたたかく丸い光がたくさん浮かび上がる。

  この島には星守りがいる。彼らは二人一組で砂浜にテントを張り一晩過ごす。

  南の島とはいえ一月の夜は肌寒い。テントの中で彼らは毛布にくるまり、穏やかな潮騒に耳をすませていた。ポットに入れた黒糖ミルクティーが彼らの体を温める。

 「時間だ」

  腕時計を見て星守りのひとりが言う。それを合図に専用のモリを手にしたふたりは砂浜に落ちている光の元へ行った。丸い光にモリを突き刺し、海へと投げ入れる。光は波にのってゆらゆら沖へと運ばれていった。水平線にたどりつくと空に昇って星になる。

  一晩にこれを何度か繰り返す。

 明け方近く、海へ投げた星が水平線近くで十字を結んだ。それを見届けた星守りは、満足そうにその日の仕事を終え、朝日を見る前に家路につく。

 

2017年1月13日 (金)

筋トレ

文章を書くのにワープロを使っていた頃(10年ぐらい前まで)、超短編を一本書くのに十日以上かかってました。寝かせる期間は含みません。純粋に文章を書く時間に十日。

……時間かかりすぎだろう。

もちろん決してワープロのせいではなく、(ワープロのスララ君には大変お世話になりました。使い慣れた画面じゃないと超短編が書けないからって、わざわざワープロで完成させて、それをパソコンに入力しなおしてたなあ)
単純に集中力の問題だったんだけどそれにしてもひどすぎると反省して、昨年末から早く書く訓練を始めました。

ばっと書いて(私の”ばっ”は二、三日)、すぐ手放す。
書く練習なので質より早さを優先してたけど、さすがに一回は印刷して見直すべきだなと思った。書きっぱなしはよくないな。
本当は日記代わりの超短編を毎日一本とか書ければいいけど、そんなことは無謀なので、できる範囲で書いていこうと思います。


と、言いつつ、前回の記事から一週間以上空いてるけど(笑)

2017年1月 4日 (水)

おみくじ(超短編)

 神社に結んだおみくじは、夜になると小さき者たちがひとつずつ開いていく。木の枝に満開の花のようにびっしりと結わえられた白い紙を、数匹が助け合いながら外し丁寧に広げていくのだ。

 彼らはそこに書かれている「言葉」だけを無心に食べる。大吉も小吉も凶も関係なく、次々と体に取り込んでいく。

【願事 努力によって成否が決まる】バリバリ。

【探物 隅をよく探せば見つかる】バリバリ。

【吉方 西南の方】バリバリ。

 食した後の白い紙は外す時と同じように協力し合い、明け方までに元に戻す。日が昇り昨日と変わらぬ白い木を見た人は、そのおみくじの中身が消えているなど夢にも思わないだろう。

 神様の言葉をたらふく食べた彼らは、今年一年その言葉に従って生きていく。一時にすべての言葉は消化できないので毎日ひとつずつ取り出していく。それが小さき者たちの生き方であり、彼らがいるからこそ人は安心しておみくじを結んで帰ることができるのだ。

 

 夜が明ける。

 あなたのおみくじを食べた小さき者は、まず【西南の方】に向かう。

2017年1月 1日 (日)

初日の出食堂(超短編)

 水平線の向こうから初日の出と共に、八百万の神や、神にあらざる者たちがやってくる。とある港の、三箇日だけ開く食堂。透きとおった朝日の中、神や神にあらざる者たちや人間も、入り混じってその食堂を訪れる。
 この食堂のおかみさんは、もう六十年もこの店に立っている。昔、彼女はある神様と恋仲だったという噂があるが真相は分からない。知っている神たちもいるが、そんな昔の話を口の端に上らせるほど野暮ではないのだ。たった三日とは言えさすがに一人で切り盛りするのは大変なので、今は孫娘も手伝っている。
 次々に炊き上がるほかほかごはん。寸胴鍋いっぱいのおみそ汁。大鉢に盛られた煮物や白和えなどのおかずたち。ちっとも正月らしくないふつうの、でもおいしい料理を、皆が持ち寄った酒を飲みながら平らげていく。誰もが笑い、歌い、踊り、ただただ賑やかに過ごす。おかみさんと孫娘はそれを笑顔で見ている。みんなが楽しそうだと見ているだけで嬉しくなるものだ。
 宴の時間はあっと言う間に過ぎる。各々胸にあたたかな熱を宿し、神も神にあらざる者も人間も、おかみさんと孫娘の一年の息災を祈って、その食堂を後にする。
 また来年、会う日まで。

 

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