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2017年6月11日 (日)

雨期(超短編)

 天気予報士が雨期入りを宣言すると、僕たちは体を適応させるために丸三日眠りにつく。その間、降り続ける豪雨で街は完全に水没し、目覚めるとすっかり水中世界になっていた。

『ハロー、もう目が覚めた?』

 透明な水の中で響く電話のベル。僕はふわりとベッドから降りると、泳ぐように歩いて電話を取った。受話器から楽しそうな彼女の声が届く。

『今からそっちに行くよ』

 僕は急いで身支度をして外に出た。水面は電信柱よりもずっと上にある。降りしきる雨の波紋がこんがらがって、小刻みに波打っていた。これから二ヵ月、太陽はほぼ姿をあらわさない。まるで世界の終末のように厚い雨雲は空をおおい続ける。僕は復活した首筋のエラで呼吸し、軽くなった体で弾むように道を歩いた。

彼女の部屋で一緒に朝ご飯を食べてのんびり過ごし、夕方になると近所の遊園地へ出かけることにした。水の中で手をつないで歩くのは難しい。僕たちはタイミングを合わせてふわり、ふわりと歩く。気を抜くとずれてしまい彼女はずっと笑っていた。

街灯に照らされた足元を魚がすり抜けていく。乾期のあいだ地面にもぐりこんでいた魚が息を吹き返したんだ。水草の影でネコが魚を狙っているけれど、水中では思い通りに動けず悔しそうだった。

ジェットコースターもない小さな遊園地を、彼女はとても気に入っていた。レトロな観覧車やメリーゴーランドが、砂糖菓子のような甘い光をまとって水の中をまわっている。大量の風船を持ったピエロが空を飛ぶように園内を遊泳していた。雨期の遊園地はいつもよりずっと幻想的だ。
 
僕たちは観覧車に乗った。ゴンドラは潜水艦のようにゆっくり浮上し、てっぺん近くに来ると水面から出た。天井や窓ガラスにぶつかる雨の音が突然響く。波打つ水面を見下ろすと、水の底で街が淡く発光していた。

『海に沈んだ古代都市みたいね』

遠い昔に滅んだ街の幻影。そこに暮らす僕たちは亡霊のようだ。あわあわとした夢のような光景は美しく、愛おしいけれど寂しさも含んでいる。雨期の間はずっとそんな感覚が続いた。透明な膜ごしに接する世界は現実感がない。自分の意識が、体から離れてしまって長い長い夢を見ているようだ。

永遠に続くような雨も、二ヵ月を過ぎると止み間が出てくる。やがて城壁のように分厚い雲が切れて太陽の光が差し込むと、建物や街路樹が泡立ちはじめた。炭酸水に差したストローみたいにすべてが泡に包まれる。それから数日後、すっきりと晴れ渡った朝に、一斉に泡が街から離れて水面にのぼった。銀色に輝く気泡は流星群のようで、華やかに雨期の終わりを告げる。

水が一気に引いて地上の世界が戻ってくると、本格的な夏がやってくる。

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