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超短編

2018年3月21日 (水)

ある事象について(超短編)

 空き地の真ん中に、巨大な水晶が隆起してきた。

 ある人は世界中の悲しみが結晶化したものだと言い、ある人はみんなの祈りが具現化したものだと言う。

 水晶柱は、氷がきしむような音を立てながら日々成長し、枝を伸ばし、ビル程の高さの立派な樹になった。透明なその肌に夕日が乱反射して温かく輝き、夜にはささやかな星の光を増幅させた。

 誰かが、これは世界樹だと言った。

 各地から一目見ようとたくさんの人がやってきた。触れれば特別な力が宿ると信じる者たちもいた。死者の蘇生や、不老不死、世界平和など、ありとあらゆる願いがこの水晶樹に託され、いまだ成長を続けるそれは鏡のようにその者たちを表面に映しこんだ。

 何十年もの時間をかけ、水晶樹は空をふさぎ、地面も覆い、ひとつの町を飲み込んだ。

 まるで琥珀の中の羽虫のように時を止めた町を内包したまま、数多の祈りも願いも関係なく、水晶はただ成長を続ける。

2018年2月28日 (水)

禁断の言葉(超短編)

 彼女は猫舌でもないのに熱い飲み物を口にしない。定食のみそ汁だって冷め切るのを待って一番最後に手をのばす。

思慮深い彼女は、日々たくさんの言葉を飲み込んでいる。それらはのどの奥に詰まっていて、熱いものを飲むと熱で溶け彼女の意思に関係なくポロっと出てきてしまうのだ。

 僕は一度だけそれを聞いたことがある。

いつまでも電車が来ない真冬のホームで、雪まじりの風に身をすくめながらベンチで飲んだ自販機のホットコーヒー。甘い熱でゆるんだ言葉が白い息と一緒に彼女からこぼれ落ちた。いつもより少し低めの、寝言のような不確かな声。聞き間違いかと僕が顔を上げると、彼女が一番びっくりしていた。ゆっくりと見開かれた目を見て、僕が聞いてはいけない言葉だったのだと分かった。

だけどもう一度だけ聞きたくて、僕はあの手この手で温かいものを飲ませようとするけれど、あの日、耳まで真っ赤にしてうつむいた彼女は、絶対に同じ失敗をしない。

2017年9月 7日 (木)

永遠凝視者(超短編)

 海面から突き出た岩の上に今日も『岩じい』はいる。大雪の日も、猛暑の日も、岩の上にただ座り続けていた。岩じいは百年以上前からいる妖怪だと、この町の小学生は本気で信じ怖れていた。だが成長するにつれ誰も気に留めなくなる。道路の真ん中に祀られている木のようなものだ。ふいに思い出しては一瞬不気味に感じる、そんな存在だった。

毎日岩の上で何をしているのか町の誰も分からない。だが僕だけは知っていた。

『この、うち寄せる波がひと時でも止まればあなたと一緒になりましょう』

 岩じいにそう言ったのは僕、正確には三つ前の前世の僕(女)だ。岩じいはその言葉を信じ、決して見逃すことがないよう昼も夜も岸から離れなくなった。すでに別の男と恋仲であった僕はそんな岩じいを無視し、やがて存在すら忘れた。

 教室の窓から海岸が見える。怖いもの見たさで岩じいを探す。何かが違うと思ったのと同時に、心臓が氷の手で握りつぶされた。こっちを見ている。やっぱり生まれ変わりの僕に気づいているんだ! 執念で何百年も生きている岩じいならそのうち波だって止めてしまいそうで、約束を果たせといつか襲ってくるんじゃないかと、僕は気が狂いそうなほどの不安と闘っている。

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500文字の心臓 投稿作

2017年6月11日 (日)

雨期(超短編)

 天気予報士が雨期入りを宣言すると、僕たちは体を適応させるために丸三日眠りにつく。その間、降り続ける豪雨で街は完全に水没し、目覚めるとすっかり水中世界になっていた。

『ハロー、もう目が覚めた?』

 透明な水の中で響く電話のベル。僕はふわりとベッドから降りると、泳ぐように歩いて電話を取った。受話器から楽しそうな彼女の声が届く。

『今からそっちに行くよ』

 僕は急いで身支度をして外に出た。水面は電信柱よりもずっと上にある。降りしきる雨の波紋がこんがらがって、小刻みに波打っていた。これから二ヵ月、太陽はほぼ姿をあらわさない。まるで世界の終末のように厚い雨雲は空をおおい続ける。僕は復活した首筋のエラで呼吸し、軽くなった体で弾むように道を歩いた。

彼女の部屋で一緒に朝ご飯を食べてのんびり過ごし、夕方になると近所の遊園地へ出かけることにした。水の中で手をつないで歩くのは難しい。僕たちはタイミングを合わせてふわり、ふわりと歩く。気を抜くとずれてしまい彼女はずっと笑っていた。

街灯に照らされた足元を魚がすり抜けていく。乾期のあいだ地面にもぐりこんでいた魚が息を吹き返したんだ。水草の影でネコが魚を狙っているけれど、水中では思い通りに動けず悔しそうだった。

ジェットコースターもない小さな遊園地を、彼女はとても気に入っていた。レトロな観覧車やメリーゴーランドが、砂糖菓子のような甘い光をまとって水の中をまわっている。大量の風船を持ったピエロが空を飛ぶように園内を遊泳していた。雨期の遊園地はいつもよりずっと幻想的だ。
 
僕たちは観覧車に乗った。ゴンドラは潜水艦のようにゆっくり浮上し、てっぺん近くに来ると水面から出た。天井や窓ガラスにぶつかる雨の音が突然響く。波打つ水面を見下ろすと、水の底で街が淡く発光していた。

『海に沈んだ古代都市みたいね』

遠い昔に滅んだ街の幻影。そこに暮らす僕たちは亡霊のようだ。あわあわとした夢のような光景は美しく、愛おしいけれど寂しさも含んでいる。雨期の間はずっとそんな感覚が続いた。透明な膜ごしに接する世界は現実感がない。自分の意識が、体から離れてしまって長い長い夢を見ているようだ。

永遠に続くような雨も、二ヵ月を過ぎると止み間が出てくる。やがて城壁のように分厚い雲が切れて太陽の光が差し込むと、建物や街路樹が泡立ちはじめた。炭酸水に差したストローみたいにすべてが泡に包まれる。それから数日後、すっきりと晴れ渡った朝に、一斉に泡が街から離れて水面にのぼった。銀色に輝く気泡は流星群のようで、華やかに雨期の終わりを告げる。

水が一気に引いて地上の世界が戻ってくると、本格的な夏がやってくる。

2017年5月14日 (日)

ラクダの紅茶店(超短編)

 空がラベンダー色に染まると、木々に吊るした星型のランタンに明かりが灯り、『ラクダの紅茶店』がオープンする。

 ぽっかり空いた森の広場に店はある。そこで待っているのはラクダの店主と、たま子さんだ。三年前、隊商の一員として砂漠を何往復もしていたラクダの主人と旅人だったたま子さんが出会い、いろいろあってこの森で店を開くことになった。

 模様の美しい絨毯も、なめらかなテーブルに品のあるティーセットも、調度品はすべて主人が選んだものだ。それらがエキゾチックな雰囲気を作り出している。たま子さんがていねいに淹れる紅茶がまた絶品だった。たっぷりの茶葉を使って煮出す濃厚なミルクティーは、砂糖を多めに入れて甘くして飲むのがいい。

 今日のお客は三組。リスの夫婦とウサギの女の子と人間の私。たま子さんも一緒にテーブルについてみんなでのんびり語り合う。主人の砂漠の思い出話はいつ聞いても興味深い。夜も深くなり、次はコケモモのジャムを持ってくることを約束して私は帰ることにした。入れ違いにキツネとフクロウがやってくる。

『ラクダの紅茶店』は朝が来るまで、あたたかな光と楽しいおしゃべりで満ちている。

 

2017年2月12日 (日)

Bon voyage (超短編)

 黄色い車で高速を走る。空は湖みたいに青く深く透き通って光っている。ここが晴れてたって仕方ないけど、でも最っ高のバカンス日和だ。

 突然鳴り響くファンファーレにびっくりして窓の方を見ると、右手に見える工業地帯の煙突から大群の渡り鳥が次々に吐き出されていた。それは瞬く間に空の高い場所に広がって、自由に羽ばたいたかと思うと、みるみる隊列を組んでちゃんと渡り鳥になる。初めて見た。当たり前にある世界は誰かがこうやって作ってるんだ。平日は下ばっかり見てるから気づかないだけ。

 遠ざかる書類の山にざまあみろって笑って、シュレッダーの紙屑が町中に雪になって舞えばいい。懐かしい曲をみんなで歌えばもうすぐビルの向こうに海が出てくるから。

 やっぱり新しい水着を買えばよかったなって、飛行機の腹を見上げながらちょっとだけ後悔してる。

 

2017年2月 5日 (日)

P (超短編)

 パンケーキ屋は平和だ。壁にはサヴィニャックのエッフェル塔のポスター。窓から入る冬の日差しがテーブルにプリズムを落としている。

「いい匂いね」

 ピンク色のセーターを着た彼女が完璧な笑顔で僕に言う。ゆるいパーマの髪からのぞく真珠のピアスは、先月の誕生日に僕があげたものだ。彼女のパンケーキはなかなか来ない。僕は気持ちを落ち着かせるためにペリエを一口飲む。

「Pばっかり」

 唐突な彼女の言葉にうまく反応ができなかった。かまわず彼女は歌うように続ける。

「PはピストルのP」

 思わず息を止めて彼女の顔を見た。見事な無表情。僕の心臓が早鐘を打つ。

「プレゼントはピストルがいいわ」

 何のプレゼント? とは恐ろしくて聞けなかった。待ち合わせの時からそんな気はしてたのだ。やっぱりばれている。

「……そんなもの、どうするの?」

「ポケットに入れておくのよ。お守りがわりに」

 射貫くように僕を見てくる。口の中が乾く。ペリエの瓶に手を伸ばすが、口に運ぶことができない。

「気づいてる? いい匂いね、その香水」

 無表情のまま、彼女の口の端が美しく上がる。

 完全に撃ち抜かれた僕は、ただただ彼女のパンケーキが運ばれてくるのを待っている。

2017年1月28日 (土)

白い森(超短編)

 夜明けの空のように不純物のない冷たい風が森を巡る。絡まる枝から熱帯魚が気まぐれにあらわれ、それは毒ガエルのような鮮やかさで森に色を加えていた。やわらかく輝く珪砂の地面、様々な花をつける下草の中で、数多の命が戯れている。空から突き刺さる光の矢。いくつもの輪が重なり、広がり、広がり、揺れて、この世界のすみずみに行き渡るように。来訪者をからかうようにリスが隠れ、水のように満ちる祝福の歌声に合わせて子鹿が跳ねる。

 終焉のはじまりは足音もなく近づき、可視化したときにはもう手立てがない。透明な炎が森を殺す。勢いは止まらず白い死が雪のように積もっていく。太陽光をふさぐ空からの視線は己が神ではないことを思い知った。熱波がすべてを覆い尽くす。帰る場所を失った瑠璃色の蝶たちがさまよい泳ぐ。傍観者たちはただ嵐の到来を待った。無音のまま死滅していく世界で僅かに残った色に触れるのは、祈りの指先。

2017年1月20日 (金)

星の生まれる島(超短編)

 八重山諸島のひとつに星の生まれる島がある。

  白く美しい砂浜に、夜になるとランタンのようにあたたかく丸い光がたくさん浮かび上がる。

  この島には星守りがいる。彼らは二人一組で砂浜にテントを張り一晩過ごす。

  南の島とはいえ一月の夜は肌寒い。テントの中で彼らは毛布にくるまり、穏やかな潮騒に耳をすませていた。ポットに入れた黒糖ミルクティーが彼らの体を温める。

 「時間だ」

  腕時計を見て星守りのひとりが言う。それを合図に専用のモリを手にしたふたりは砂浜に落ちている光の元へ行った。丸い光にモリを突き刺し、海へと投げ入れる。光は波にのってゆらゆら沖へと運ばれていった。水平線にたどりつくと空に昇って星になる。

  一晩にこれを何度か繰り返す。

 明け方近く、海へ投げた星が水平線近くで十字を結んだ。それを見届けた星守りは、満足そうにその日の仕事を終え、朝日を見る前に家路につく。

 

2017年1月 4日 (水)

おみくじ(超短編)

 神社に結んだおみくじは、夜になると小さき者たちがひとつずつ開いていく。木の枝に満開の花のようにびっしりと結わえられた白い紙を、数匹が助け合いながら外し丁寧に広げていくのだ。

 彼らはそこに書かれている「言葉」だけを無心に食べる。大吉も小吉も凶も関係なく、次々と体に取り込んでいく。

【願事 努力によって成否が決まる】バリバリ。

【探物 隅をよく探せば見つかる】バリバリ。

【吉方 西南の方】バリバリ。

 食した後の白い紙は外す時と同じように協力し合い、明け方までに元に戻す。日が昇り昨日と変わらぬ白い木を見た人は、そのおみくじの中身が消えているなど夢にも思わないだろう。

 神様の言葉をたらふく食べた彼らは、今年一年その言葉に従って生きていく。一時にすべての言葉は消化できないので毎日ひとつずつ取り出していく。それが小さき者たちの生き方であり、彼らがいるからこそ人は安心しておみくじを結んで帰ることができるのだ。

 

 夜が明ける。

 あなたのおみくじを食べた小さき者は、まず【西南の方】に向かう。

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